これは勇気だと言えるのか(1)
ある読者の方から、
・ 「小心者」「気が弱い」という性格自体は変わっていないが、必要な行動だけはちゃんと行えるようになった。
・勇気がついたかと言われれば「?」だけど、恐怖を感じようが感じまいが関係なく、ビビろうがビビるまいが関係なく、とにかく必要な動作だけは行えるようになった。
こういうものは勇気倍増プロジェクトにおいて「勇気がついた」とみなせるのかと、
質問をいただきました。
これはとても悩みます。考えます。
と言うのは、ある特定の行動に慣れたという状況を何度か繰り返して、その後に新しい困難な状況に立ち向かうのも平気になっていく、あるいは怖くても前向きになるのが勇気かと考えているんですね。
となると、今 苦手な行動がひとつ平気になったという状態とも違う、必要な行動が取れるようになるということがどんなことを意味しているのか今の僕にはイメージしにくい部分があるからです。
これは今の僕の理解の問題であって、もしかすると、それこそ勇気の話なのかもしれませんね。
ただ、義務的に嫌々だけど諦めて行うというのは勇気ではないと思います。
必要だから諦めると言うのは違うかなぁと。
それと個人的な経験則の場合には普遍性、不変性に繋がりにくい部分もあるかと思うので指導上の話で再現性が確認されている話の方が助かります。
だから武道、格闘技の先生や、警察、消防、自衛隊などの教官の場合には
たとえば定期的に体力的な資質は高いのに気が弱い人間などの指導をする機会があると思うんですね。
そうなると最初は気が弱い奴も、こういう指導で、ある基準を乗り越えると、その後は現場でも使い物になるというパターンを持っている人もいると思うんですね。
その指導のパターンは凄い資産だと思うのです。
(次の記事に続きます。)
(07/07/04)
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