10)勇気と独立/公務員と民間人/人間の最強の武器は(後編):兵頭二十八先生
さて、『コモン・センス』は、大逆罪で訴追されることをおそれたペ
インが署名を「一英国人」とのみしていました。
つまり匿名著者による出版物が、世界初の大衆動員革命につながった
のです。この伝統があるために、米国人はインターネット空間では
「匿名投稿」に同情的です。
わが日本国では、匿名の著作物が世の中を変えたという国民史は共有
されていません。逆に、「田中上奏文」のような匿名の捏造情報が、
国民に大禍をもたらしたという歴史が共有されている。アメリカ国民は、
シナ大陸が隣になかったがために、幸福な歴史を持ち得ているのでしょう。
マイケル・ハワードの『戦争と知識人』(邦訳1982年)は、〈トマ
ス・ペインが『人権論』のなかで、西洋自由主義の教義をつくりあげた〉
とします。すなわち、戦争は、君主や貴族やプロ軍人や武器メーカーの
利益のためになされると。だから民衆の利益が代表される政体をつくり、
国際交流に有害な障壁をなくすれば国際紛争も裁判所で解決できる、と。
ところがペインの1776年の論文集には、かなりこれと違うアジテーシ
ョンが並んでいる。ペインが理にも情にも訴えられる名プロパガンディ
ストであったことが、よく分かるのです。
たとえばペインは言います。――商業は愛国心と軍事的防衛の精神と
をともに減退させる――と。
「かれらはもう二度と再びこんなことをやらないだろう、と言うのは
ばかげた幻想だ。《中略》そんな幻想が許されるなら、一度負けた国は
二度と戦争することはない、と考えてもよいだろう」(岩波文庫 p.54)。
東洋の大帝国はたいてい海から離れている。ヨーロッパの海岸線は短
く、木材は枯渇している。だからアメリカが造船で世界を支配できるは
ずだ(同 pp.74-5)。
海外領土をもたず、自国の海岸線だけ守ればよい米国は、イギリスの
海軍力の2割を持ちさえすれば、イギリスに圧勝できる(p.77)。
どうも、アルフレッド・マハンの最大の先輩は、トマス・ペインでは
なかったか、とも思えてきます。
1776年12月には、ペインは次のようにアジりました。
――13植民地に住むトーリー党シンパは屑だ。彼らは8歳の子供を前
にしてこう言う。「ともかく、わたしが生きている間は平和であって欲
しいんです」と。子供を思う父親ならば、「もめごとが避けられないと
すれば、わたしの時代にそれを片づけて、子供には平和な暮らしをさせ
てやりたい」と言うだろう(岩波文庫 pp.124-5)。
さらに畳み掛ける。
――臆病のため屈従するなら、ヘッセン兵のために兵舎や売春宿に化
したわが家を見ることになるだろう(同 pp.131-2)。
ヘッセン兵というのは、当時英国が雇っていたドイツ人からなる傭兵
集団です。ちなみに、1969年に撮影開始された(おそらくベトナム反戦
目的の『コモン・センス』たらんと欲した)映画『キャッチ=22』を観
れば、第二次大戦後期にイタリアにあった米兵相手の売春窟の様子を
イラストレイティヴに理解することが可能でしょう。そのようなものが
アメリカ領土内にもできる、と200年前の植民地人には想像ができたんです。
この連載では、読者のみなさんが肉体を鍛えるのもいいが、人間の最
強の武器は身体ではなくて言語による他者コントロールなのであること
はハッキリしているんだから、有限の時間資源はその言語という武器を
鍛えることに費やした方が、ずっと合理的に勇気を獲得できますよ、と
主張しています。
トマス・ペインや福沢諭吉のような大衆感化力のある個人言論は、
これまでの歴史を振り返れば、天才的な特例でした。それに続こうと努力
した者は大勢いたにもかかわらず、あれほどの影響力を再現できた個人は、
いまだに現われてはいません。
しかし組織的なプロパガンダによる大衆動員は、ペイン以前から、
そして諭吉以後も、一貫して有効に機能しています。
みなさんは既に、在日のシナ人留学生が一斉に動員された姿を見たでしょう。
シナ人留学生は、体の良い「徴兵忌避者」です。特権を享受する共産党
幹部の子弟として、軍隊に入るのを免れて、外国の都会で遊んでいるの
です。彼らの身体つきを見れば、軍隊で鍛えられたことなどないことは
明瞭でしょう。シナ人のインテリは、大昔から口だけ弁慶なので、だから
こそ、例外的な王陽明などは、壮士からもてはやされてきたわけです。
しかしそんな卑劣な〈口だけインテリ〉が、演説や論文の技術を磨く
ことによって、やがてはシナの地方政府や中央政府の支配者になって、
警察や軍隊に指図ができ、異民族を踏みつけにすることができるのです。
1937年の支那事変を惹き起こしたのも、彼らのアジテーション活動だと
言って良いでしょう。それが、言語という人類最凶の武器の力なのです。
ペインは39歳ではじめて銃をとり、独立軍の一部隊の副官にまでなって
いますから、口先だけの人物ではありませんでした。そのくらいのガッツ
があったればこそ、迫力ある言論活動も展開できたのでしょう。
けれども、おびただしい数の他者集団を支配するのも、また彼らを独
立自治革命のために結束させてしまえるのも、そもそも、言語の力でし
かあり得ない。この現実から、目を逸らすとすれば、それも一種の臆病
な態度です。
(以下、次号に続きます)
(08/06/11)
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