11)イギリスのぺティ/英国に学ぶ、日本の持つべき勇気/サブ・エリート(前編):兵頭二十八先生
人間は、物事がうまくいかなくなり、活気が衰えるモードに入ってしまうと、もう、
災難に抵抗しようともしなくなって、自分を救える手段があるはずなのに、それを考え
ることも忘れ、まして実践には尻込みしてしまう――。
このような序文が書かれたのは、1670年代前半、つまり日本では徳川4代将軍・
家綱にあたる時期のイギリスに於いてです。著者は、ウィリアム・ペティ(Petty,
1623〜87)。本のタイトルは邦訳(大内・松川共訳、昭和30年)では『政治算術』と
いいます。
ペティの嘆き。まさに、今の日本国の姿ですね。
シナの間接侵略に対して無気力・無抵抗。北朝鮮の核武装に対して無策。大臣や議員
や高級官僚から率先して国を売る。役人の税金ドロボー利権をチェックする改革はでき
ない。衆議院に議席を有するまともな政党は、大小見渡して、ひとつもない……。
草創時には威勢がよかったのに、滅亡するときにはやることなすことダメになる、過
去のシナの諸王朝や、日本の鎌倉幕府、室町幕府、徳川幕府の無残でガタガタな末路を、
思い浮かべないわけにはいきません。
しかし、イギリスは恵まれていました。
ペティが、「みんな、意気消沈するには早いぜ! 俺たちには、オランダやフランス
と、まだ戦争してじゅうぶんに勝てるだけの資産が、これだけ残ってるんだぞ。それに、
オランダやフランスには、地理的な不利ってものがあるんだ。だから、じつは俺たち
こそ、最後の勝利にいちばん近いところにいるのさ」と、具体的な数字を挙げて鼓舞し
ますと、英国の指導者層は、オランダとの三次にわたる戦争でヘトヘトに疲れていたに
もかかわらず、気を取り直しました。
そして、「ようし、オランダとはひとまず手打ちに持ち込め。そして、フランスとオ
ランダが戦争を続ける間に、オランダの海上貿易利権を奪いとって、その上でフランス
に対抗する準備を整えるとしようか」と、難関打開のビジョンを描き出し、ただちに巻
き返しのモードに入ったからです。
1664〜67年の第二次・対オランダ戦争は、イギリスの戦費が尽きてしまったため、た
いへんな苦戦となりました。
船舶はあるのですが、給与を支払えないので水兵を集めることができず、軍艦として
働かせることができないでいた。その隙を、オランダの艦隊にロンドン沖まで攻め込ま
れてしまい、艦砲射撃を浴びせられたのです。
前後して、悪疫や、ロンドン大火災にも見舞われてしまいました。
それでも、彼らは屈しませんでした。
「総力戦」は、19世紀の米国の南北戦争から始まる、といわれるのですけれども、兵
頭に言わせれば、17世紀の英国内の気分はもう「総力戦」だったのではありますまいか。
貴族領主層だけではなく、中産階級の運命が、かかっていました。それに、彼らは勝
ったのです。
ペティは、オランダのもつユニークなアドバンテージを分析します。これは「対抗不
能性の摘出」であると言えましょう。
まず、オランダの国土はもともと大河川の河口にあたっているため、滞積によって土
壌が肥沃で、そのおかげにより、狭い土地なのに十分な収穫をあげることができます。
これが他の地方でしたら、土壌が肥沃でないため、はるかに広い耕地に種を播かない
限り、オランダと同じだけの人口は養えません。しかも、農民が農地との間を往復する
無駄なエネルギーが、オランダよりずっと多大でしょう。
秋から春にかけて、日本よりもはるかに日が短かい高緯度地方では、ぼやぼやしてい
ればすぐに夜になって野外作業は不可能になりますので、オランダのように耕作地まで
の移動時間が短いことは、断然有利なことでした。
また、人口密度が高いと、田舎でも人目が常にありますから、貴族も庶民も、悪さを
しにくくなります。そこから、法律や契約を守ろうという、近代的なビジネスに適した
精神が育ちます。
これが逆にプロイセンのような、燕麦か馬鈴薯しか収穫ができぬような痩せた土地の
田舎では、人口密度が低いために、人目の相互監視が弱く、隠れての権利侵害が平気に
なりがちです。
あわよくば契約や条約など踏みにじってやろうという性根では、オランダで可能であ
った、下からの自由主義革命はとうてい不可能で、強圧的な政府が上から「啓蒙」しつ
つ法律と警察でガチガチに国民を支配するしか、近代に適応していく道は無かったでし
ょう。これは兵頭の余談です。
さて、オランダには、恒常風という天然資産もあります。いつも、海から風が安定的
に吹いて来ます。ペティの計算によれば、風車式粉挽き場は、一人の男が半年かければ
建設できて、それが、他国では4人の男が5年ぶっつづけでしなければならない作業を、
毎年、やってくれることになるのです。
風車のメカニズムは、べつに秘密ではありませんでした。しかし、他国では、オラン
ダと同じ風車小屋を建てても、オランダほどには儲からない。それは、風向と風力が一
定していないとダメなのです。また、土地に起伏が少しでもあってはいけません。現代
の日本で「風車発電」事業が必ず失敗しますのも、この条件が決して揃わぬためです。
オランダのロケーションは、三大長流の河口に位置しています。その大河と海とを物
資輸送に活用すれば、全欧から安い農産物を買い、そして自分たちの工業製品を、全欧
に売りさばくことができました。こうすれば、農民人口の多くを商工業分野に配分でき
ますので、国民ひとりあたりの所得が、農業国の6倍くらいにも豊かになれるのです。
肝心でしたのは、農地や工場と、船着場までの間の陸送距離が、オランダの場合は、
甚だ短いことです。陸上輸送のコストは、水上輸送の15〜20倍。いかに陸送距離を短く
するかが、流通コスト戦争の決め手になるのです。オランダの工業製品の小売価格に対
抗できる外国は、どこにもありませんでした。
ところが、この恵まれたオランダの地理は、そっくりそのまま、オランダのディスア
ドバンテージにもなったのです。これが、ペティの強調したかったことでした。
たとえば、内陸水路で全欧に通じているということは、全欧から陸上侵略をしかけら
れてしまう、ということです。また、国土がコンパクトであるということは、防禦の全
縦深を一挙に蹂躙されかねません。
国民が近代的で自由主義的であるということは、過度の地方分権を推進します。その
ため、フランスのような絶対主義王政の強敵と戦争するときに、一つの国家として一丸
となって抵抗することが難しくなりました。
さらに、恒常風が西から吹いているために、オランダの軍艦(帆船)や武装商船は、
急いで出港しようとしても、まず不可能です。対してイギリスは、いつでも、その東海
岸から、奇襲的に一斉に艦隊を出撃させ、オランダやフランスの沿岸を襲撃したり、主
要港湾を封鎖してしまえる。
イギリスが開戦時や作戦発動時に、いつも欧州大陸の西海岸諸国に対して風上の有利
をとれたこと、これは帆船時代にイギリスが有した「対抗不能性」でした。
(次回に続きます。)
(08/06/25)
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