11)イギリスのぺティ/英国に学ぶ、日本の持つべき勇気/サブ・エリート(後編):兵頭二十八先生
ペティが挙げる、英国の最大の対抗不能性は、良港が多いことでした。オランダやフ
ランスには、良港が多くありません。そのため有事のさいの海上封鎖に弱いだけでなく、
オランダの船舶は、平時から入港や碇泊、繋留のために、イギリスよりも多額の税金
その他の費用を負担しなければならなかったのです。
面積有限の港が、増え続ける船舶によって、混みすぎてしまうために、余計な費用が
発生し、かつまた、海員の増加にも歯止めがかかってしまう、という不利が、オランダ
やフランスには、宿命的にあったのです。
対するイギリスは、良港にはまったく不自由しませんでしたから、巨大な軍艦を建造
しても、その繋留費用などで苦しむ気遣いは少しもありません。
ペティいわく、〈英国海軍の500人を乗せた1000トンの船は、フランス海軍の100人が
乗った200トンの船5隻よりも有利である。なぜなら、巨艦は、より射程の長い大砲を
搭載でき、しかも、わずかな被弾では撃沈されないからだ。さらに、小型船から大船を
小火器で射撃してもほとんど効き目がないが、その反対は有効である〉――と。
国王の側近でもないペティが、このような統計を駆使した「安上がりで、下層民に犠
牲を強いない総力戦体制」を建言できるくらいに、英国ではインテリ間の情報のやりと
り、意見の交換が、自由でした。在野の言論人たちがみんなでリアルに国家総力戦を考
えたという共通体験を重ねて、やがて、英国は、安定した二大政党による議会制民主主
義を確立するのです。
幕末の日本には、インターネットはおろか、活版印刷すらありませんでした。にもか
かわらず、すぐれた国策論が誰かによって書かれますと、それは筆写コピーによって、
あっという間に全国の志士たちが輪読する参考書になったものです。
インテリ・識字階級が、全力で、それぞれ智恵を振り絞って、国家の生存を考えた時
期が、日本にも、何十年間も、あったんです。
国民防衛と並列に真剣に討論されたのは「国のかたち」でした。この前駆運動があっ
たからこそ、明治維新はスムーズに結実しました。
17世紀の英国で考えられた、あるべき「国のかたち」とは、国内の中堅の実力者が最
大限のビジネス・チャンスを自由に追求できるようなものでなければなりませんでした。
19世紀、幕末の日本人が志向したのも、ほとんど同じ体制です。ただし、中堅実力者
たちが、投資事業家となって大金を得ることよりも、高級国家公務員の官位を得て「徒
士」から「大名(老中)」に立身し、公金をふんだんに使える立場になることを欲した
という点が、いかにも日本流であったのです。
無論、そのどちらにしても、自国が外国に軍事的・経済的に隷属するようになったら、
不可能であることはいうまでもありません。
目下の日本の問題は、学校の「試験エリート」が、公務員になることによって、生涯
報酬や、家族の飢餓と不慮死の可能性からの遠さの上で、最も「安全・安価・有利」に
なってしまっているという、敗戦後の「国のかたち」です。
ながらく、国防をアメリカに依存してきたために、トップ・エリートである政治家も
官僚も「国家独立」の必要を考える習慣をなくしました。軍事と経済における国の独立
をどうでもいいと考えるということは、自国の下層民がもし隣国から支配されるように
なっても、オレは知ったことではない、と黙認する態度に他ならないのです。
そのため、公務員も政治家も、シナ・朝鮮からの個人利権をともなった間接侵略工作
には、ほとんど抵抗する気もなくなったのは、当然でしょう。日本が亡びたら、彼らは
多大な貯金を外貨に換えて、じぶんたち家族だけ、国外へ逃亡すればよいと、自堕落に、
気軽に考えているのです。
これは、人間が食用に改良した「野菜」と似たような現象だと言えます。
もともと天然植物ならば病害虫から自衛するために必須・必備であるところの「体内
毒」を、畑の野菜は「品種改良」によって失なわされているために、もし人間が常に農
薬をふりかけてくれなければ、たちまち根も葉も虫に食いつかれ、病菌に襲われ、立ち
腐れるしかありません。いま日本は、その枯死の過程に入っているのです。
17世紀後半のイギリスが採用したコースに、日本も変針しなければなりません。ペテ
ィのような、総合国防論の構築を、各人が一から試みるべきときです。国家が、自己の
体内から、自衛の毒を生み出す必要があります。
しかし「学校の秀才」が自動的に売国官吏になろうとする日本では、その論議と運動
を担えるのは、「サブ・エリート」しかないでしょう。
サブ・エリートによる「国家独立論」の苦しいところは、人々を動かすのに最も必要
な「国語力」にどうしても不足があるため、それが「ヤクザ右翼」の街宣や、「民族派
バカ右翼」の人種主義的な差別主義と、心象のうえで区別がつけにくいことです。イン
ターネットというものがなければ、大衆は、この区別はできなかったでしょう。
しかし、インターネットの普及は、日本の右翼の底を世間的に割ってくれました。
テキストを書かせてみれば、彼らの「ホンモノ度」「ニセモノ度」は、かんたんに知
られてしまいます。ウェブサイトをもたない街宣右翼は、その幹部たちからして、頭の
中にじつは何の主張もありはしないのだと疑われてもしかたないようになりました。
怪文書、ホメ殺しなどは、インターネット経由ではほとんど怖さが薄れます。あらわ
れてすぐ、それを作った者の底が知られてしまう。この程度の連中がということになり
ました。
すぐれた調査や、良い提案が、かならずしも即座に注目されるとは限らないけれども、
くだらない、ためにする政論は、右であれ左であれ、まちがいなく誰にも顧みられな
い――。これが、インターネット言論空間の、おどろくべき長所だろうと思っています。
匿名ではなく、実名で意見を書き込む勇気をもった「サブ・エリート」の登場が待た
れています。
匿名の書き込みは、真剣な議論を最初から避けるという意思表示になってしまう。つ
まり「オレは宣伝屋だ」と表明しているようなものです。匿名の上に文章が拙ければ、
どうしてその真剣さを、読む人に伝えられるでしょうか?
(以下、次号に続きます。)
(08/09/17)
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