12)真の勝負/最終回(前編):兵頭二十八先生
小笠原流のしつけでは、「畳の間を歩くときは、畳みの縁(へり)を踏まぬようにせよ」
と教えますよね? なぜなんでしょうか?
ひとつ聞いたことのある解説は、「床下に潜んでいる曲者が、畳のすきまから刀を突き
上げてくるかもしれないから」。
これは、嘘だと思います。
おそらく答えはこうです。
昔の人はすり足で歩いていました。それで、畳の縁にひっかかって、つまづくことがあっ
たからでしょう。
今の人は、室内でも「踵から着地させる」歩法ですよね。これだと、縁に引っかかるよ
うなことは、滅多にありません。
むしろ、未知の場所での用心としては、縁などをわざとふまえるようにして歩いた方が
いいのかもしれない。といいますのは、その境目からどちらかが、とつぜん床下に落下し
たというような場合でも、足の裏の半分はひっかかっていますので、安全に踏み止まるこ
とが可能だからです。
この答えが合っているかどうかはわたしは保証できませんけれども、いずれにせよ、最も
正しい歩法とは、最も怪我をしにくい歩法なのではないでしょうか。
病気や怪我をすると、実にいろいろなことを学ばされます。
わたしが、読書によってではなく、まさにみずからの体験によって得ている痛い「結論」
のいくつかを、今日は、特別にお話し申し上げるとしましょう。
わたしは、おかげさまで、骨折や脱臼のような大きな怪我とは無縁の半生を送ってきています。
ところが唯一、高校生時代からよく、なってしまうのが「ギックリ腰」なのです。
片足を、内側から外側に大きく半円を描くように回して、敵の我[われ]に対する上段
突きの攻撃を外側へ弾いてしまう、というシナ流拳法の体技があるでしょう?
あれを真似していたのが運の尽きです。
それ以来、何かの拍子に、ギックリ腰になるように、なってしまいました。背骨に「癖」が
つくんですよね……。
だから高校生の皆さん、足を使って敵の上段攻撃を防ぐとか、そういうことは初めから
考えないように。手と足とでは、慣性質量が違いすぎるんですから。
慣性質量が大だということは、加速しにくいということですよね。つまり、敵の手のス
ピードに対し、こちらの足を敵のモーションより後から動かして間に合わせることは、で
きないのです。
これが速く動かせるように錯覚するのは、映画の演出なんですよ。まあ、余談ですけども……。
中学生くらいまでなら、骨もまだ成長中で、柔軟ですが、高校生くらいになって骨端が
固くなって、体重がついてくると、急なアクションは、危ないです。自分の筋肉で、自分
の骨をねじってしまうことになる。自分の体重が、自分を怪我させる敵にもなってくるわけですよ。
「ギックリ腰体質」になると、何が怖くなるかというと、クワを土に打ち込んだときに、
最後の「押し付け」の力を、上からかけられなくなりますね。かけた瞬間、ギックリ腰に
なるからです。また、打ち込んだ直後にクワ先を起こしてやるという動作も、同じ理由で、
もうできません。自粛することになります。
ですのでどうしてもツルハシなどを使わねばならないときは、重力で落ちるに任せる。
着地の瞬間にはあえて「ぐいっ」とは押し込まぬようにしておいて、いったん道具の動き
がとまってから、慎重に腰を入れ直し、あらためてこじあげる動作に移るわけです。
スコップ作業ならば、特に心配はありません。
もうひとつ、危険なのが、重量物を、前屈体勢で、急に持ち上げようとする動作です。
わたしは日通の引越しの日雇いバイトをやっていたさなかに、引き出しの中に書類がギッ
シリ詰まったままとは露知らずに、見た目、軽そうな事務机を一人でグイッと持ち上げよ
うとして、……ギックリ腰になったことがあります。30歳代でしたかね……。あれは悲惨でした。
前傾した姿勢で、腰を十分に低く沈めずに、手で掴んだ重いものをヒョイと持ち上げよう
とすると、ヤバいのです。
それは、ギックリの前歴者なら、やってはいけない動作なのです。
その教訓はわかっているはずなのですが、しばらく健康に暮らしていると、「掟」を
忘れてしまって、また不意に「グキッ」とやってしまう。これは情けないです。
また余談をしますと、背中で荷物を運搬して歩く場合、ザックや背負子の、できるだけ
上の方に重い物をパッキングした方が、歩いていて、楽だと感じます。
これはなぜかといえば、「自分が運搬物の重心の真下に入っている」ことが、たやすく
できるからです。相撲や柔道や合気道のコツと同じで、対象物の重心の真下に入ってしま
えば、背骨に負担をかけずに、対象物を持ち上げられるのです。
それゆえ、古代人は、経験的な智恵で、頭の上に荷物を乗せてバランスを取って運んで
いたのでしょう。
もし体の前で荷物を抱えねばならぬ場合は、基本的には、こっちがまずしゃがんで、尻
を落として腰を入れ、それから荷物をできるだけ体幹に密着させて、ゆっくりと膝で立て
ば、背骨に悪い負荷をかけません。
不思議なことに、現役自衛官時代には、わたしは一回もギックリ腰にはなりませんでした。
40kgの土嚢を担いで50m走るだとか、けっこう背骨を酷使するんですけどもね。おそらく
全身の筋肉が日常、ほどよく緊張していて、骨や関節を守っていてくれたんでしょう。
雑誌社に勤めていた頃、結束された数十冊の雑誌を、毎日、山のようにトラックで運ぶ
「取次店」の人に聞いたところ、ギックリ腰はもう職業病だそうで、なってしまったら、
あとは寝て治すしかない、というお話でしたね。
どうも、日頃、全身の筋肉を使っていれば、ギックリ腰になっても、軽傷で済むようなのです。
しかし皆さん、何年もデスクワークしかしないで、ひきこもりみたいに暮らしていた挙
句にぎっくり腰なんかを再発させると、大変ですぜ。わたしは「2日間、寝たきり」とい
う体験をしました。うつぶせ姿勢のまま、ほんとに動くことができなかった。トイレだけは、
片道5分くらいをかけて、決死の覚悟でいろいろなモノにつかまりながら往復しましたけ
どね。日頃、懸垂運動だけは続けていたのが、少しは役にたったという感じです。
これほど重傷になったのは、もちろん、かつてなかったことでした。戦場なら、もう
動けずに死んでいるなと思いました。
(次回に続きます。)
(08/10/10)
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