1)勇気と文明と社会(後編):兵頭二十八先生
「言語による戦争」のトレーニングのできていない人は、フィジカルな喧嘩でも、「収めどころ」を自分の好きなように誘導できる自信が持てません。しかもそのことを幼少からの体験によって自分でよく予測できるものですから、けっきょく、いくら他者よりも腕力がまさろうと、また、格闘技や武術や暗殺の技をオタッキーなまでにいろいろと知っていても、喧嘩を自分のイニシアチブで始めることはできません。終わらせ方に自信がないので、始めることをためらってしまうのです。
この事情が一変するのが、ライオット(群集暴動)の夜です。
夜は顔の識別がしにくいので、誰が悪いことをしたか、よく分からない。すると、言語トレーニングのできていない男が、「収めどころ」を気にすることなく、暴力を行使することができると判断します。
日頃、一対一の喧嘩などできもしないヘタレが、何かの偶然の成り行きでライオットや「集団イジメ」に加わると、予測できないような暴虐行為をやってのけることが、ときどき観察されるでしょう。
じつはそのヘタレ君は、他人をいためつける方法は、長年の雑学として、あるいはマニアックな興味追求の蓄積として、人並み以上に良く知っていたのですが、それを日常、単独では決して試行できなかった。けっきょく、言語のトレーニングが未熟だと、人前では行動ができなくなる。勇気は言語に収斂するのです。
言語のトレーニングを積んでいる個人は、自分に不利な結果に進展した後の対処に自信をもっているので、自分のイニシアチブで人に喧嘩をふっかけることが可能になるのです。はじめに、頭の中に言葉がある。言葉があって、勇気がわくのです。
ただし、平生、大言壮語している者は、実戦では臆病で使い物になりません。日頃、誠実な兵隊だけが、修羅場でも頼りになるとされる。これは古今東西の、兵隊の実相です。
言葉は自分の行動も左右してしまうからです。大言壮語するというのは、できもしないことを語る癖ですから、およそ「義務」とは無縁の人格ができあがってしまいます。商人の場合、できもしないことを相手に約束すれば、信用を落とし、じきに左前となるでしょう。軍人は、実戦にならないと、信用できるかどうか判明しないのですけれども、商人は、平時から、それが判明する。それだけ、文明を早く進歩させることができました。
日頃、誠実な兵隊は、自分の果たすべき責任や、持ち場を放棄した場合の将来の非難譴責について、ふだんから自分のロゴスで納得をしていますので、それが「自分だけ逃げない」という行動につながるのです。
ただし兵隊が苦境下で仲間といっしょに奮戦するのは、これは平時に街の中や社長室でじぶんから喧嘩を開始する勇気よりも、はるかに心理的葛藤のレベルは低いですね。冒険商人が一人で未知の部族と交渉に臨もうという勇気とも、同日の談ではないでしょう。
喧嘩の心理戦術としてならばともかく、平時に、未知のことについて大言壮語をしないという慎みを守ることは、未知のことを恐れる用心の裏返しです。
晩学の儒学者であった熊沢蕃山が、江戸時代の初めに、こんな批評を残しています。――近年、見ず知らずの大人の前に出てきて平然と利口そうに物を言う、驚くべき子供が散見され、周囲の大人たちもそれを利発だとして手を叩いて悦んでいるが、そんな「神童」が成人すると皆、凡庸にしか育っていない。それは当然で、未知のものに対する恐怖や用心がないのは、むしろ馬鹿の証拠だったのである、と。
大人の腕力は子供を容易に殺傷することも可能なのですから、子供が未知の大人を警戒し、まず安全かどうか観察し、相手が自分に対して好感をもっていると確認できてからでないとうちとけないというのが、危険回避の上で、ロジカル(論理的)で合理的な行動であるわけです。
百戦錬磨の商人は、初対面の大人を一瞥しただけで、その危険度を予測できますけれども、子供にそんな経験や眼識が備わっているわけがありませんよね。
ところで、子供ではない、成人した大人が、他者とちゃんとした口を利けないというのは、許されるでしょうか? 社会人としての初歩的訓練ができていない人間が、ふつうの就職ができないのは、むしろ当然かもしれません。雇う側として、余計な対社会的リスクを抱え込むことになるからです。
赤ん坊が這ったり歩いたりするのは本能ですから、親が教えなくとも、自分でやるようになります。
ところが、歯磨きをしたり、服のボタンをかう動作、これは、親が教えぬ限り、自習するもんじゃない。自習できる年齢まで放置したら、たいへんなことになるでしょう。
社会人としての「口上[こうじょう]」も、それと同じなのです。
ヒトが言語をしゃべるようになるのは、本能です。しかし、社交の口上は、青少年が社会人になる直前に、誰かが仕込む必要があります。そうでないと、いつまでも青少年の会話しかできません。
これは、蕃山の時代の、生意気な子供を育てることとは、もちろんまったく違います。
社会人としての社交の口上は、訓練されなければ、誰も身に着かない。ところが1960年以降、そんなことも分かっていない、したがって自分の子供に社交の口上を仕込まずに世間に送り出してしまうような、日本人の親が増えました。
さいきんわたしは、ホテルのビデオチャンネルで、呆れるほど素人くさい最新の邦画を視ました。日本の軍人が上官に「ハッ」と言って答えるのです。脚本も芝居も、歴史に対する研究心がない。つまり人間に興味を持っていない。わたしは冒頭の30分で我慢できなくなり、視聴を打ち切ってしまいました。確か、硫黄島が舞台です。
軍人の諾の返事は将校も兵卒も「ハイ」以外にありませんでした。そのようにまっさきに教育されたからです。
旧軍だけでなく、昔の日本の会社は、新人に口の利き方を教育するのが普通でした。
が、それをいいことに、農業から非農業に急速に労働人口がシフトした1950年代なかば以降、親は、息子に家庭で口上の教育をしないようになった。
ところがそのうちに企業も、社員の口上の教育には不熱心になってしまいます。中卒や高卒で会社に入ったならば、まだ先輩による教育の時間があったのでしたが、進学率がどんどん上がったため、とうとう、誰からも口上を仕込まれずに成人してしまう青年が珍しくなくなったのです。自分より高学歴で、いい歳をした後身に、口上を教えるというのは、なんだか、やり辛いですからね。
その傾向がいきつくところは、対人コミュニケーション能力が低すぎるために、未知の人と普通の話がしにくく、就活ができず、ヒキコモリになってしまう成人の増加――なのでしょう。
……という話になったところで、ここで念のために書いておかなくちゃいけないことがある。わたしは後藤さんのヒキコモリ対策には興味がありますが、「この日本からニートを撲滅したい」などとは、まったく思っておりません。
ロクに働かずにそこそこな衣食住と快楽まで享受できている「ニート」こそは高度資本主義段階で必然あらわれるべき新階層であって、しかも、現に法秩序を乱しておらず、無法地区やスラム街を形成せず、社会に余計なコストをかけて日本経済の効率的な成長を邪魔しているわけでもない日本の「ニート」は、世界のニートの鑑じゃないかとすら、思っているのですから。
1930年代に、マルクスの理想の共産主義社会では女を社会が共有化してしまうのだというネタが流布したのですが、「ニート」はインターネット経由でバーチャルな女性を共有していると言える。
人の欲望は無限なのに、土地や「良い女」は有限です。しかるにインターネットには広い土地は要らず、ネット空間では「後宮○千人」が構築できるのです。
もうじき日本では、人口の5%が働くだけで、のこりの95%を養えるようになるでしょう。日本国内では人口増は止まっていますから、もはやこの国では、「失業率が高い」=「悪」とは言えない。
人口が増え続けている国で、しかも貧しい国では、失業とインフレは社会人の精神を極度に不安にしますので、反自由を標榜する政党が大衆に期待され、対外侵略戦争をよびかける政治家が人気を得たりします。が、今のデフレ日本では、無職者こそ自由を謳歌しているのです。無職者が、「法律を破らない」=「法の下の平等を支持する」=「自由である」という、申し分のない主体になっている。
その無職者を今後とも、反社会的な行動に向かわせぬように、何を気をつけたらいいのか。何を与えたらいいか。それが行政の課題になるでしょう。
養われるだけの成人は、どこにどうやって生きがいを見出すのか? それは、他人が心配するまでもなかったのです。
という余談をしましたところで、「働く5%」に是非入りたいと念じているヒキコモリ予備軍や、「働く5%」の競争力をさらに高める工夫を考えたい方のために、話を戻します。
古代ローマの識字階級は、韻文も散文もかならず音読し、それによって公共の討論や演説に備えていました。言語で他人を説得するのが政治家なのですが、文法だけでなく、話し声の音量や調子もまた、言語の説得力を決定的に左右するからです。
まったく同じ台詞でも、声によって、猿芝居にもなり、名演説にもなる。日本の議員には、このトレーニングは悲惨なまでに欠けています。比較して英国の公人は皆、堂々と演説しますよね。オックスブリッヂのインテリ学生たちの間でも「演劇」が軽視されていません。むしろ、人生の真実を極めるためには、演劇には必習の価値があるとすら考えられています。
江戸時代の武士は、発声と口上のトレーニングを、自分でしていました。
「謡い」です。能、謡曲ですね。
武士が大きな声が出せないでは、軍役には不都合ですし、行政官としても、威光がないと考えられていました。また、田舎の武士が、中央で通用する公式な言い回しの基準としても、謡曲の語彙が参考にされていたのです。
室町時代にできた謡曲の日本語は、江戸時代にはもういかにも古臭く聞こえたわけですが、あらたまった場所では、むしろそれでよかった。どんな田舎の武士も、謡曲さえちゃんと習っていれば、全国どこへいっても、口上で恥をかくことはありませんでした。武士の共通文法であるとみなされた。
能に付随している「狂言」は、発声トレーニングには使われませんでしたけれども、謡曲のついでによく読まれたはずです。狂言に出てくる大名は、部下の太郎冠者に、みずから「口上」を伝授していました。
芝居や講談の台詞も、武士は密かに参考にしていました。(歌舞伎は町人が楽しむもので、たてまえの上では、武士が観るもんじゃありませんでした。)というのは、咄嗟の一言で、人前で恥をかかずに済む、そんな洗練された言い回しの参考が、そこからふんだんに得られたからです。当時の脚本家は、格好良い一言を苦心して考えてくれていました。それをたくさん覚えておくだけで、未知の人々に交わるのが不安ではなくなった。
平時の官僚であった武士も「口上」が必修であり、それを毎晩自宅で訓練することで、翌日の公務や社交の自信をつけていたわけです。「謡」を教養にする風習は、日本の上流階級の間では、1950年代くらいまで、まだ残っていました。
つい、軽視されがちですが、謡曲を習うことで、いつでも大声を出せたこともまた、武士に度胸をつけていたはずです。
声は、その発声者自身に勇気を与え、しかも自信ありげに見せ、相手を動揺させることもある。大声に慣れておきませんと、他者との交渉の場で、不覚をとることもあります。
このごろ、低学年の児童に毎朝、大声を出させる課業を組んでいる小学校があるそうですね。それは、大いに正しい。声の大きな人間は、臆病者にはなりにくいでしょう。
できれば、小学校の正課の中で毎日、発声や芝居を習わせることにして、併せて、現代の社会人に必要な「口上」も暗記させるべきなのです。江戸時代の寺子屋で商人の子供に公式の手紙のパターンを覚えさせたのが「往来物」でしたが、その口上版が、今日では必要であろうと思います。
(以下、次号に続きます)
(07/08/15)
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