2)勇気と宗教の関係(後編):兵頭二十八先生
たとえば、「そこのおまえ、いいかげんにしとけよ」という台詞を考えてみましょうか。
この短い台詞の、語彙とレトリックは固定です。
が、それを発する人には、さまざまな肢体、顔、肉体的表現力、声量、声質があり得る。
その要素の組み合わせのバリエーションによって、言われた側の反応は、まるで異なってくるはずですね。
たとえばこの台詞を、教室の最前列級のチビがいったのと、2m50センチのギネス級の巨人がいったのと、キョドりながらいったのと、なれなれしくいったのと、甲高いカウンターテナーでいったのと、乙なテノールでいったのとでは、まるで、聞かされたときに感ずる印象、好感度、恐さ、滑稽さが違いましょう。
ところが、言っている本人は、自分の声を自分では正しくモニターしていません。空気を伝わる音だけでなく、骨を伝わる音がMixされているからです。
この台詞を言っても誰からも許される声の持ち主と、誰からも許されない声の持ち主とが、この世にはあるんです。それを自分で知らない、把握できない青年は、社会との相性が悪くなるでしょう。しかし、知るには、じっさいに社会の中で、他者の反応をたしかめて、経験分析を重ねるしかない。苦労なはずです。
あるカテゴリーの声の持ち主がこの台詞を発すれば、相手は抵抗なく聴従してくれる。ですが、あるカテゴリーの声の持ち主がこの台詞を発すれば、逆に、相手を反発させてしまうだけ……。
後者の人は、つまり、この台詞を、いかなる場合でも口にすべきではない、ということになるんですよ。いくら格好の良い台詞でも、それはその人にとっては安全でも有利でもないのですから。そして、同じ要求を他者にしたい場合には、何か違う台詞を自分で考え出さなくちゃいけません。自分の声に最善にマッチしたレトリックを考えてから、語りかけなくてはいけないんです。人が頭を使うところは、ここなんです。政治家の演説も同じです。安倍氏の選挙演説には何のインパクトもなかったでしょう。
ですから、いくらあなたがマンガ雑誌でかっこいい台詞を読んでも、それを自分でじっさいに口にする前には、よくよくの注意が必要なのです。
とはいえ、情けないかな、青年はこの判断を自分でできないのが、ふつうです。
歳をとってしまえば、肉体的表現力も言語的表現力も固定されてきますから、自分の話しかけが他者に与えるイメージを、事前に正確に予見もできる。それに対して、まだ声の要素が年々変化しつづけている青年期には、その予測は裏切られがちなわけです。
まあ、自分のユニークな声と、自分のユニークな顔とのベストなマッチングをとるのに、常に四苦八苦するのが、青春時代だ。
そこで、せめてルックスだけでも、他人にビビってもらおうと、肉体を鍛錬することになるのでしょう。これはまんざら悪い戦術じゃありません。
一般に、外見が弱弱しい者の方が、〈それを言っても許される〉ことになる発話の範囲も狭いものですから、より一層、工夫と苦労をしなければならない。
ホルモンの関係で、青春時代に急にガタイが大きくなる人がいますよね。すると、以前と同じ台詞を語っているのに、相手からの聴かれ方が、まるで違う。じつに楽々と世渡りができるようになったなぁ、という自信を、きっと持つことでしょう。
ところで、しからば、どんな声の質および量の青年でも、採用して間違いのない、応用自由度の高いベーシックな発話戦術といったものは、存在するか?
これは、存在します。これを覚えて損をすることは一つもない。
ハキハキと語る者が、他人(それには同性も異性もふくまれる)から、悪い印象を持たれることは、まずありません。
ですので、あなたがもしいま中学の一年生ならば、学校の演劇部の最初の発声訓練に参加させてもらうと良い。「タテチツテトタト」「マメミムメモマモ」「やきぐりゆでぐりやいゆえよ」「とうきょうとっきょきょかきょく」といった、アレです。
これは一生の財産になります。いざという改まったときに、人に与える信頼感が、まるで違う。
「語尾をはっきりさせなさい」という指導も、ほぼ同じことでしょう。語尾をはっきり語ることは、生得の声の質とも量とも関係がない。本人の頭の中とだけ、関係があります。これがはっきりしない人は、頭の中がはっきりしていないのであると解釈されてしまう。誰からも信頼も好感もされぬ道理です。
さてまたしからば、どんなどうしようもないルックスの青年でも、採用して間違いのない、応用自由度の高いベーシックな「たたずまい」といったものは、存在するでしょうか?
あるんです。それを教えてくれるのは、自衛隊のブートキャンプ(新隊員教育課程)ですよ。
現代人は、小学校からデスクワークが続くため、猫背になっています。猫背は、他人に信頼感を与えません。したがって、エピクテトスのような超人でない、普通の凡人にすぎないあなたは、社会の中で、自信と勇気をもつことは難しくなる。
それを自分で痛感し、確認し、補正できるチャンスは、あなたが自衛隊に入隊しない限りは、たぶん一生、ないでしょう。「美しい立ち姿」「美しい歩き方」を、女子であれば宝塚で学べもしましょうけれども、男子は、おそらく自衛隊以外では学ぶことはできない。海保や警察の「停止間の動作」も、兵頭の美意識によれば、自衛隊式にやや劣ります。最高の美は陸自のブートキャンプ教官がもっています。
真横からみて背すじを延ばすことにも増して重要なのは、「顎を引いた」姿勢です。
これだけで、ヘタレにすぎぬあなたの中身を、百倍改善して、他者の目に映じさせることが可能なのです。つまり、「こいつは意志が強く、しかも考え深く、侮辱はうけいれず、肉体も頑健であろう」と他者が勝手に思ってくれる。黙っていても、あなどられない。
しかも、顎を引いているだけでは、他者に対して過度に攻撃的であると感じさせることもありません。目上の人や、自分にとって無害な他者に対し、不快感を与えません。
他者に対して攻撃的でも無礼でもないが、他者の無礼は許さず、攻撃されれば反撃する、という意志の力が、その姿勢をとっているだけで、滲み出るのです。
生来の体格とは何の関係もなく誰でもいつでも実践できる、こんな便利な姿勢があることを積極的に学習しないのは、ただ、愚かでしょう。
ぜんぜん余計なお話になりますけれども、ケンカの奇襲の第一手として非常におそろしいのが、左フックまたは張り手で敵の右顎を打突し、脳を横にゆさぶってダウンさせてしまう「飛びつきワンパンチキル」ですよね。顎をひいていることで、この奇襲も喰らいにくくなるでしょう。また、ヘッドバットの奇襲を受けても、軟骨しかない鼻ではなく、もっとも分厚い頭蓋骨のあるおでこで受け止めやすくなる。とうぜん、ボクシングの心得ある者ならば、いつでも顎を引いているわけです。
20歳代の前半までは、大怪我をしても、快復が早いですよね。中年や老人はそうはいかない。だから、怪我を予測し、それを恐れる度合いは、歳とともに増します。大怪我をして快復をしたという経験が一度もない青年でも、遺伝子は、それを知っているわけです。ですので、青年は年寄りよりも無謀になれる。それは「自然」なことなので、非難も推奨もしません。推奨するのは、そのアドバンテージに、もっと合理的な戦術をアドオンしたらどうかということです。
(以下、次号に続きます。)
(07/09/17)
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