3)合理的神学思想のヒーロー、スピノザの勇気(前編):兵頭二十八先生
前回も触れましたが、ローマ帝国にキリスト教が普及する以前に、文芸をたしなみ、勤勉をこころがけながら、政治的には無欲で、国家のためには死を怖れない、
「ストア 派」と呼ばれるライフスタイルが、上流社会に流行しました。
(「スコラ学」とは混同 しないでください。)
日本の武士道にも似通うこの禁欲的な男子の生き方は、中世ヨーロッパでも、
学問の 世界や帝王学の中に残り続けていました。
1632年生まれのスピノザは、スペインからオランダに移住したユダヤ商人の
息子 で、学校では旧約聖書の原語であるヘブライ語を学んだのみでしたが、
まさしくストア 派のような熱心さで、ラテン語や、英仏の最先端の哲学をも
独習します。
そして、宗教改革者たちすら、それまでけっして手をつけようとはしなかった
『聖書』 批判を、命がけで発表することになったのです。
スピノザは、ユダヤ人でありながら、知性と徳に関し、ユダヤ人だけが
他の民族より優れていることなどないと結論し、選民思想に反対をしましたので、
二十代前半にして、 ユダヤ人コミュニティから追放をされてしまいました。
このとき、路上で暴行され、殺されそうになりました。
しかも相前後して、すべての肉親にも死に別れ、身寄りを失いました。
このときから、彼の、たった一人でのストイックな学問の戦いが始まります。
彼の敵はユダヤ人だけではありませんでした。
オランダの政治を牛耳る新教徒(カルヴィン派)の宗教的な指導者たちが、
旧約聖書 を自分勝手に引用して、自由な哲学(ストア派哲学)を研究する者を
攻撃しようとする のも、スピノザには許せないことでした。
カルヴィン派は、しばしば「モーゼはこう命じているではないか。
だからオレ達に逆 らうな」とうそぶいたものですが、スピノザは、
モーゼの法律は当時のヘブライ国家のためだけに必要だったのであり、
オランダ人に適用されるわけはない、と知っていました。
スピノザは明白な身の危険があったにもかかわらず、古代史に無知な政治勢力が
聖書を引用することが正しくないことを、著作によって諭しました。
じつは宗教改革後も、聖書そのものはアンタッチャブルでした。ルターは聖書を
カトリック神父の独占から一般信徒の共有に移管させたまでで、聖書の内容などを
批判することはありませんでした。スピノザは、いまや一般信徒のものと
なっている聖書の内容を、初めてトータルに正面から批判したのです。
この勇気のおかげで、紀元前の歴史を学問的に研究する道も開かれています。
誰もが聖書をすっかり信じなければならないとすれば、ローマ以前の歴史の研究など、
まったくあり得なかったでしょう。
スピノザは、神は人の格好はしていない、と言いました。
聖書は、愚かな大衆に安全な国家を維持させるために、当時として
その必要があって、モーゼの死後にいろいろと非科学的な物語を並べて
編集されたもので、それは自然の理性、つまり神の真の本性とはまた
別なのである、と、さとします。
いかにも、旧約聖書では古代イスラエルの指導者が独裁的に民衆に
命令していました。
が、だからといってそれを根拠に、今のオランダの政治を宗教改革者が
暴力的に国政を牛耳って良い理由には、できません。
また、個人の妄想にすぎない考えを神の言葉であると称して、大勢の市民に
一つの考え方として押し付けることは、神の理性に反しているのです。
国家の使命は、生存と活動に関する各人の自然の権利を、他者を害することなしに
最もよく保持することです。
各人は、各人の福祉のため、行動の自由は国家に預けたのです。
が、考える自由を決して放棄したのではありません。
思想や言論の自由がないならば、国家の法にも権威はなくなるのだと、
スピノザは強調しました。
(後編に続きます。)
(07/10/05)
« 前の記事「2)勇気と宗教の関係(後編):兵頭二十八先生」 | 次の記事「3)合理的神学思想のヒーロー、スピノザの勇気(後編):兵頭二十八先生」 »これまでの記事一覧
【08/10/17】12)真の勝負/最終回(後編):兵頭二十八先生【08/10/10】12)真の勝負/最終回(前編):兵頭二十八先生
【08/09/17】11)イギリスのぺティ/英国に学ぶ、日本の持つべき勇気/サブ・エリート(後編):兵頭二十八先生
【08/06/25】11)イギリスのぺティ/英国に学ぶ、日本の持つべき勇気/サブ・エリート(前編):兵頭二十八先生
【08/06/11】10)勇気と独立/公務員と民間人/人間の最強の武器は(後編):兵頭二十八先生
【08/05/25】10)勇気と独立/公務員と民間人/人間の最強の武器は(前編):兵頭二十八先生
【08/05/05】9)勇気と度胸/為永春水/勇気は景気次第(後編):兵頭二十八先生
【08/04/05】9)勇気と度胸/為永春水/勇気は景気次第(前編):兵頭二十八先生
【08/03/30】8)スコット南極探検隊の「暴虎馮河」に類する匹夫の勇(後編):兵頭二十八先生
【08/03/13】8)スコット南極探検隊の「暴虎馮河」に類する匹夫の勇(前編):兵頭二十八先生
【08/02/29】7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(後編):兵頭二十八先生
【08/02/08】7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(前編):兵頭二十八先生
【08/01/25】6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(後編):兵頭二十八先生
【08/01/12】6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(前編):兵頭二十八先生
【07/12/26】5)叩かれるなどの痛みと勇気/勇気と自分の身長(後編):兵頭二十八先生
【07/12/12】5)叩かれるなどの痛みと勇気/勇気と自分の身長(前編):兵頭二十八先生
【07/11/25】4)儒学者、荻生徂徠/勇気とストレス(後編):兵頭二十八先生
【07/11/13】4)儒学者、荻生徂徠/勇気とストレス(前編):兵頭二十八先生
【07/10/18】3)合理的神学思想のヒーロー、スピノザの勇気(後編):兵頭二十八先生
【07/10/05】3)合理的神学思想のヒーロー、スピノザの勇気(前編):兵頭二十八先生
【07/09/17】2)勇気と宗教の関係(後編):兵頭二十八先生
【07/09/03】2)勇気と宗教の関係(前編):兵頭二十八先生
【07/08/15】1)勇気と文明と社会(後編):兵頭二十八先生
【07/08/01】1)勇気と文明と社会(前編):兵頭二十八先生




