3)合理的神学思想のヒーロー、スピノザの勇気(後編):兵頭二十八先生
オランダは、ライン川の河口に位置する商船国家でした。外航船で世界から
物産を集め、ライン水系を使って欧州の内陸部にまでも、輸送コストをさして
かけずに売り捌く ことができました。
陸上防衛力に国家予算を割かなくてよかったイギリスが、自前の工業と海軍に
注力し て台頭し、さらにフランスなどをそそのかして陸海協同でオランダを
攻め滅ぼしてしまうまで、全ヨーロッパの商船の過半は、オランダ人が所有し、
運用していたようなもの なのです。
スピノザがこのオランダから出てきたのは、偶然ではありません。冒険商人
たちは、たった一人で地球の裏側まで出掛け、そこで多数の未知の他者を説得
できるという自信 や楽観をもっていました。その自信と楽観主義をスピノザは
共有し、そこから勇気を得 ていたのです。
徳川政権が、取引先の客の嫌う宗教の宣伝をしないという理由から、オランダ
人だけに長崎貿易を許可するようになったのも、尤もなことでした。脱宗教の
合理主義の下地があったのです。また、後年に、ヒューゴ・グロチウスという
近代国際法の父が、やはりオランダから輩出しているのも、商船国家としての
長い「他者説得の体験」の蓄積があるからでなければならないでしょう。
今日のヨーロッパでは、スピノザは、宗教的暗愚と対決した合理的神学思想の
ヒーローです。
たとえばブッシュ・ジュニア氏ひきいるアメリカ政府が、みずからは清教徒の
廉潔の美徳をもっていないくせに、田舎の説教牧師のような我流の「宗教風」
使命感を臆面もなく吹聴しながら中東へ介入を続けるようなときに、それに
本能的に反発するヨーロッパ人の知識人が心の中に思い浮かべているのは、
44歳で孤独に死んだ、17世紀の自由なスピノザの姿のはずです。
科学的学問の自由を重視する者は、狂った宗教家に簡単に扇動されてしまう
大衆についても、深く考えることにならざるを得ません。
スピノザは、民衆と迷信とは切っても切れるものではなく、民衆はものを
賞讃したり非難したりするのに理性によって導かれず衝動に依ってする、
と言っています。
スピノザも、彼の大先輩のストア学派の哲学者も、人間をしっていました。
大衆をしっていました。
同じ空間、限られた時間で、全成人が一つの正しい判断に至ると期待する
のは「人間しらず」に違いありません。
たとえば20年前、「Aは正しくBはまちがっていた」と頭から思い込んで
いたことを、「あっ、じつはその逆だったのか」と20年以内に気が付いて
真実に辿り着ける者は、ごく少数いるだけにすぎません。
しかし20年以上、無限に時間が蓄積されるあいだには、人々は、徐々に
理性に近寄るだろう……。
そのように悲観し、かつ楽観していますので、科学的に学問する自由を
愛する者は、大衆の「厨」な反問には「マジレス」をしないのです。
(以下、次号に続きます。)
(07/10/18)
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