メールマガジン登録
後藤芳徳が発行するメールマガジン。日本列島!勇気倍増プロジェクト⇒気が弱い子が勇気のある子に変わった指導経験など現在取材進行中。どうぞご期待を。取材協力大歓迎です。登録は無料です。

マガジンID:0000108951
Powered by まぐまぐ

相互リンクについて

リンク・推薦

本物工房

役に立たない、再現性のない情報には意味がない。あなたの問題も本当に解決できる情報だけが集まるサイトです。随時商品を追加していきます。

本物工房はこちら

欠陥住宅はこう見破れ!【エビデンサー流】欠陥住宅の避け方、違法建築との戦い方

不動産の購入は、とても大きな買い物です。ところが、金額が大きいからこそ悪徳業者もそこを狙います。そうです。欠陥住宅、違法建築などの不動産トラブルです。
 
聞けば誰でも理解できる不動産購入における急所を、トラブル解決のプロ、平塚俊樹が伝授!

欠陥住宅はこう見破れ!【エビデンサー流】欠陥住宅の避け方、違法建築との戦い方


 

弁護士も探偵も教えてくれない!浮気調査の現実と対処法

浮気の調査で悩んだり、裁判を考えている方は誰かに頼る前に必見です。なぜなら、探偵やそれに準ずるマニュアルなどで合意なく行なった調査を相手に否定されれば、せっかくの証拠でも立証できないことが極めて多いからです。
 
他にも、裁判で勝っても慰謝料はもらえない現実など、「知らなかった」では済まされない内容を、エビデンサー平塚俊樹先生と後藤芳徳が明らかにしていく対談音声60分以上!

「浮気!その時どうする!」はこちら

管理人プロフィール
お問い合わせ
後藤芳徳のベストセラー
社長のための人材錬金術
ダメな奴でも「たたいて」使え!
後藤芳徳/フォレスト出版
ダメな奴でも「たたいて」使え!

(出版後記)『このタイトルじゃ社員に渡せないよ』と経営者からタイトル変更依頼が殺到している本です。「同じ内容で経営者向けではなく社員向けの本を書いてくれないの?」とすでに30人以上の経営者から言われております。 僕も社員に手をあげたことは無いのですが、どうもタイトルから僕は粗暴な印象を持たれているようです。でも読んだ人はわかって下さる。まぁ 読んで中身を理解してくれるまでは「叩く」が、そのまま暴力に思われるんでしょうね。それだけのインパクトなので出版社さんの作戦は成功したんでしょうね。トホホ・・・本当は優しいのに。

詳細はこちら

チャンスと出逢うための
人脈大改造
後藤芳徳/現代書林
人脈大改造

(出版後記)この本を出してみて改めてわかったのは「すごい人と知り合おうとするより自分自身が凄い人になろうとしないと何も意味が無い」ということです。有名人と顔見知りであった場合にすぐに人脈だと言い張る人が多いけど、そんなの人脈でも何でもありません。最近こんな例を見ました。ある人間が事件に巻き込まれました。その人間の取り巻き立った著名人は数多くいました。携帯電話には直伝が山ほど入っています。でもトラブルに巻き込まれた瞬間に誰も電話を取りません。そんなのがいったい人脈といえるでしょうか。著名人同士は知り合いなことが多いです。でもトラブルひとつで「正体見たり!」という感じです。友達がトラブルに巻き込まれたら一刻も早く助けにはせ参じますよね。それができない人間を人脈って言っている人は浅ましい。トラブルひとつで電話を取らない人間を、それまで人脈だと思い込んでいたのも哀れです。有名人と直接電話ができるのが、そんなに凄いことですか?夜中にお腹が痛いと電話をした時にすぐに電話を取ってくれて駆けつけてくれる人間の方をよっぽど僕は人脈と呼んでます。

詳細はこちら

« 前の記事「6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(後編):兵頭二十八先生」  |  次の記事「7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(後編):兵頭二十八先生」 »

7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(前編):兵頭二十八先生

 北京五輪も近づくので、今回は『孫子』のお話をしましょう。

 シナの為政者が国民大衆の「勇気」を本心でどのようなものと考えて
いるかは、この『孫子』一冊で了解ができます。

 『史記』は個人の勇気を讃え、個人の反発精神をテーマにしていますが、
『孫子』はそんなものには一顧もあたえてはいないのです。

 今日わたしたちが読むことのできるこの雑兵指揮官用アンチョコの
「最終バージョン」に、縦貫しているテーマとは?
 ほかでもありません。

 ――最低な卑怯者たちにも、身の危険をかえりみなくさせる方法――

なのです。

 耕作従事者だったのを徴集してまだ日も浅い、まるでトーシローな
二等卒たちを、わずかな号令を教えただけで、いきなり遠征戦争に連れ
出して、そこでいかにして脱走をさせず、命令への反抗を許さず、敵に
投降しようなどとも考えさせず、プロの兵隊に負けないくらいに死に物
狂いに敵軍と闘わせることができるか……。

 ことに「九地篇」は、シナの戦国時代に、プロ指揮官のため、そのコツ
だけをまとめた、おそらく1冊の独立した「心理制御」の参考書だったと
思われます。

 ですから、半島の拠点と同盟国が亡んだあとの8世紀の日本の大宰府
でも、『孫子』の「計篇」や「用間篇」などには目もくれず、まず「九地篇」
を熱心に講読して、唐軍の来寇に備えたほどでした。

 そう、じつは「孫子」は、のべで数十人もいました。

 たまたま『史記』に採録された「孫武」は、その数十人の中の一人で
あったにすぎません。司馬遷は「グループ」には興味がなく、個人にしか
関心がなかったから、他の情報は、捨てたのです。

 春秋時代の孫武以前から「孫子」の作者は何十人もいました。
 孫武は、それを編集加筆して遊説して成功した人物の一人でした。

 むろん孫武と同時期、またそれ以後にも、それぞれ独自バージョンである
『孫子兵法』に加筆し編集し諸侯に売り込みを続けた「孫子」たちが、
何十人もいたことでしょう。

 たとえば、山東省の前漢時代の墓(銀雀山漢墓)から1972年に掘り
出された竹簡『孫子兵法』や『孫ピン兵法』も、そんなバージョンを
とどめたものなのです。

 竹簡(ちくかん)というのは、紙がなかった大昔に、細長い竹の札を
スダレ状に結び付けて文字を書きつけた、記録媒体です。
 「冊」という字はその形態をあらわしたもので、「篇」という字が
竹カンムリなのも、竹簡に由来します。スダレを丸めたものが「巻」です。


 後漢から三国時代の魏の武王(曹操)は、20世紀まで流行することと
なった『孫子』の決定版の保存に関与した、最重要の編集者兼監修者の
一人です。
 彼も、疑いなく、広義の「孫子」の一人であったと呼ばれる資格が
ありましょう。
 「魏武註」バージョンの編纂作業は、おそらく曹操一人で為したもの
ではないでしょうけれども……。

 しかもまた、『魏武帝註孫子』が定評をかちえて流行本になったあとで、
とっくに死んだ「曹操」を勝手に名乗って『孫子』に筆を加えた編集者たちが、
やはり複数存在したと考えた方が良いでしょう。

 もともとシナには、はるか古代から口承で保存されてきた「軍事格言」が、
たくさんあったと想像されます。
 その中には、シナよりも数千年前から戦争を繰り返していた、オリエント
地域からはるばるステップ地帯を流浪してきた民族のものも、含まれていた
でしょう。

 いつしか、その「軍事ことわざ」集を編む者があらわれたと想像できます。
 もとは独立的であった、雑多でバラバラな断章・警句の破片や残片が、
編集者によって、印象的で統一的な思想のメッセージになるように、いろいろ
脈絡を工夫して、つなぎあわされていったのです。

 歴代の編纂者が、これら「ことばの化石」のフラグメンツをつぎはぎする
ときに文頭に置いたのが「故」という記号でした。
 これを「ゆえに」と訓読しますと、『孫子』の精読には却って有害です。

(逆に、これを「ゆえに」と読んで意味が通じてしまう「地形篇」は、
比較的後代の別系統の「孫子」の混入だと疑うことが可能でしょう。)

 こうした編集作業は、軍事思想の「創造」と同義でしょう。

 あまりにテキストの集積量が厖大になれば、重複的な格言を「間引き」
する作業もときおりに繰り返され、そのたびに、内容はいよいよ精錬された
でしょう。(九地篇は成立が新しく、この間引きの回数が足らないので、
未整理な印象を与えます。)

 そんな次第で、流行本『孫子』の中には、おなじ一篇の中にすら、もの
すごく古い時代の発想(用字・用語)と、比較的にあたらしい時代の発想
(用字・用語)が、モザイクのように混在している場合が多いでしょう。

(たとえば「形」という字の意味は、あきらかに、箇所によってまちまちです。)

 それを、あくまでパッチワークだとは思わせずに、軍事遊説者が権威を
つけるために、一人の著者(孫子大先生)を仮構する必要がありました。

 また、そう見破らせぬための歴代の編集作業は、予期した以上の効果を
あげました。

 なにしろ、古い箴言は、余計なことを述べない短いものが多いですから、
それが次々につながって出てくれば、なんとも深遠で偉大に思えるわけです。

 これがもしある一人の人物の頭の中からすべて紡ぎ出されたものだとすれば、
彼はまさに古今に冠絶する天才でしょう。
 しかし、そんな天才は、さすがにいなかったのです。

 という次第で、「孫子兵法」のテキストに、なにか「正統」バージョンが
あったのだとは仮定してはなりません。
 魏武註の流行本のテキストは、かなりな編集の手が加えられたもので
あることは間違いありません。しかし、だからといって、銀雀山竹簡の方が
正統なのだ、とも言い切れないのです。

 さて、ところで、春秋時代の初期には、どんな兵隊たちが、どんな武器を
使っていたんでしょうか?

 シナの古代の兵卒は、農民であり、かつまた、奴隷です。地方豪族の所有物でした。

 有力な諸侯は、それら農奴兵を、土塁や日干し煉瓦製の城壁でぐるりと
囲んだ都市国家内に、なかば拉致・監禁をしていました。

 この農奴兵を、自分が支配する都市国家の城壁の外側に連れ出すのが、
『孫子』の「計篇」に謂われる「兵」、すなわち、遠征戦争です。
 『孫子』では、専守防衛はいっさい語られていません。城内戦、市街戦に
なったら、もうその古代国家は終わったも同然だからです。

 つごうのよいことに、都市国家の農奴兵居住区は、支配の必要上、升目状に
仕切られていました。
 はじめから、「行・列」で管理されていたので、それを「隊伍」に編成する
ことも、最初からごくしぜんになされました。

 これにたいしてわが日本国には、奈良や京都を含め、シナのような奴隷
都市国家がつくられたためしがありませんでしたので、「隊伍」で戦闘する
という文化も、幕末に西洋銃陣が輸入されるまでは、存在せぬわけです。

 唐朝の大都市のコピーであった日本の平安京に、長安城のような「市壁」が
めぐらされることがなかったのと、それは裏腹の関係でした。(くわしくは
拙著『武侠都市宣言!』や『あたらしい武士道』などをお読みください。)

(以下、後編に続きます)

(08/02/08)

« 前の記事「6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(後編):兵頭二十八先生」  |  次の記事「7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(後編):兵頭二十八先生」 »

これまでの記事一覧

【08/10/17】12)真の勝負/最終回(後編):兵頭二十八先生
【08/10/10】12)真の勝負/最終回(前編):兵頭二十八先生
【08/09/17】11)イギリスのぺティ/英国に学ぶ、日本の持つべき勇気/サブ・エリート(後編):兵頭二十八先生
【08/06/25】11)イギリスのぺティ/英国に学ぶ、日本の持つべき勇気/サブ・エリート(前編):兵頭二十八先生
【08/06/11】10)勇気と独立/公務員と民間人/人間の最強の武器は(後編):兵頭二十八先生
【08/05/25】10)勇気と独立/公務員と民間人/人間の最強の武器は(前編):兵頭二十八先生
【08/05/05】9)勇気と度胸/為永春水/勇気は景気次第(後編):兵頭二十八先生
【08/04/05】9)勇気と度胸/為永春水/勇気は景気次第(前編):兵頭二十八先生
【08/03/30】8)スコット南極探検隊の「暴虎馮河」に類する匹夫の勇(後編):兵頭二十八先生
【08/03/13】8)スコット南極探検隊の「暴虎馮河」に類する匹夫の勇(前編):兵頭二十八先生
【08/02/29】7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(後編):兵頭二十八先生
【08/02/08】7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(前編):兵頭二十八先生
【08/01/25】6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(後編):兵頭二十八先生
【08/01/12】6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(前編):兵頭二十八先生
【07/12/26】5)叩かれるなどの痛みと勇気/勇気と自分の身長(後編):兵頭二十八先生
【07/12/12】5)叩かれるなどの痛みと勇気/勇気と自分の身長(前編):兵頭二十八先生
【07/11/25】4)儒学者、荻生徂徠/勇気とストレス(後編):兵頭二十八先生
【07/11/13】4)儒学者、荻生徂徠/勇気とストレス(前編):兵頭二十八先生
【07/10/18】3)合理的神学思想のヒーロー、スピノザの勇気(後編):兵頭二十八先生
【07/10/05】3)合理的神学思想のヒーロー、スピノザの勇気(前編):兵頭二十八先生
【07/09/17】2)勇気と宗教の関係(後編):兵頭二十八先生
【07/09/03】2)勇気と宗教の関係(前編):兵頭二十八先生
【07/08/15】1)勇気と文明と社会(後編):兵頭二十八先生
【07/08/01】1)勇気と文明と社会(前編):兵頭二十八先生