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社長のための人材錬金術
ダメな奴でも「たたいて」使え!
後藤芳徳/フォレスト出版
ダメな奴でも「たたいて」使え!

(出版後記)『このタイトルじゃ社員に渡せないよ』と経営者からタイトル変更依頼が殺到している本です。「同じ内容で経営者向けではなく社員向けの本を書いてくれないの?」とすでに30人以上の経営者から言われております。 僕も社員に手をあげたことは無いのですが、どうもタイトルから僕は粗暴な印象を持たれているようです。でも読んだ人はわかって下さる。まぁ 読んで中身を理解してくれるまでは「叩く」が、そのまま暴力に思われるんでしょうね。それだけのインパクトなので出版社さんの作戦は成功したんでしょうね。トホホ・・・本当は優しいのに。

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チャンスと出逢うための
人脈大改造
後藤芳徳/現代書林
人脈大改造

(出版後記)この本を出してみて改めてわかったのは「すごい人と知り合おうとするより自分自身が凄い人になろうとしないと何も意味が無い」ということです。有名人と顔見知りであった場合にすぐに人脈だと言い張る人が多いけど、そんなの人脈でも何でもありません。最近こんな例を見ました。ある人間が事件に巻き込まれました。その人間の取り巻き立った著名人は数多くいました。携帯電話には直伝が山ほど入っています。でもトラブルに巻き込まれた瞬間に誰も電話を取りません。そんなのがいったい人脈といえるでしょうか。著名人同士は知り合いなことが多いです。でもトラブルひとつで「正体見たり!」という感じです。友達がトラブルに巻き込まれたら一刻も早く助けにはせ参じますよね。それができない人間を人脈って言っている人は浅ましい。トラブルひとつで電話を取らない人間を、それまで人脈だと思い込んでいたのも哀れです。有名人と直接電話ができるのが、そんなに凄いことですか?夜中にお腹が痛いと電話をした時にすぐに電話を取ってくれて駆けつけてくれる人間の方をよっぽど僕は人脈と呼んでます。

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7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(後編):兵頭二十八先生

 古代シナでは、貴族階級は、オリエントから伝わった、馬に曳かせる
2輪戦車に弓兵とともに跨乗して戦闘し、奴隷兵たちは歩卒として、それに
随従しました。

 歩卒が持たされた主な武器は、一人で振り廻せる長さの棒の先に薄い
ブレード状のピッケルがついた「戈」(か)です。鳶口(とびぐち)の
大きなものです。
 春秋時代はこのブレードは青銅でできていました。その以前は石斧だったでしょう。

 これでひたすら敵の身体を狙って、叩いたり薙いだりするだけです。
武器訓練など、ほとんど必要はありません。
 江戸時代〜明治初期の、鳶組と相撲部屋の喧嘩のようなものでしょうか。

 彼らに求められ、そしてなかなか得難かったのは、敵前逃亡しないで
戦ってくれる「やる気」と「勇気」だけでした。

 貴族の私有物である奴隷には、もちろん愛国心も忠誠心もありません。
義侠心もありません。
 戦場にひきだされても、いかに怠けてサボり、おのれ一箇の身体生命を
全うするかにしか、関心はないわけです。

 こんな無気力戦士たちは、「利」で釣り、「罰」で脅し、指揮官の演説で
感激させて敵に向かわせる以外に、どうしようもありませんでした。

 戦国時代になりますと、農奴の数がいよいよ増えました。
 チャリオットは廃れ、諸侯はお互いに大量の農人兵を動員して遠征戦争を
行なうようになります。
 敵も味方も、戦力の主力は農奴兵になり、いよいよ、農奴兵の「士気」
「戦意」「動機」の振作が、大課題になった。

 諸侯の遠征戦争の目的も、すこしでも多数の農奴たちを新たに獲得して、
開墾と耕作をさせること、でした。
 ですから、敵部隊を戦闘で殲滅してしまっては、何にもなりません。
 なるべく敵兵を殺さないで降伏を誘い、とにかく多数の捕虜をつかまえ、
できれば外国の都市国家をまるごと自分の配下に寝返らせることが、覇者への
近道となりました。

 戦争の手段と目的が、ともに「農奴兵」になったのです。

 合戦で敵部隊を殲滅するのはのぞましくないが、もし敵部隊を潰乱させる
ことができなければ、敵地において逆にこっちが潰走させられ、全員捕虜に
されることになる……。
 これが「九地篇」の成立した背景です。

 隣の敵国も、やはりこちらと同様の、モチベーションにははなはだ欠けた
ムラビトを兵卒に仕立てて総動員してくるわけです。
 その部隊の中には、弓や弩を操作できる熟練の予備役兵や、プロ軍人が
搭乗する戦車も、少数ながら混じっています。のちには騎兵も導入されます。

 矢の雨を浴び、あるいは4馬曳きの戦車が突進してくるのをみて、臆病な
歩卒たちが浮き足立ったら、戦闘はそれでおしまいでした。
 散り散りの潰走状態に陥入れられた奴隷たちは、自分が怪我をせずに
生き残るために、かんたんに敵国の貴族にむかって命乞いし、投降し、
よろこんで帰順したからです。

 この事情は、戦車が騎兵にとってかわられてからも、そう変化はありません。

 そこで「孫子」たちは、ひとつのアドバイスを諸侯に繰り返すようになりました。
 「隷下の兵卒をだまして、いきなり『死地』に投じなさい」と。

 「九地」や「死地」の「地」という字を、英語の「テライン」と直訳しますと、
意味が通じません。これは「兵卒の心理を支配するシチュエーション」の意味なのです。

「九」は「さまざまな」という意味です。「ナイン」ではありません。
(これがわからない後代の編集者が、むりやりに9項目を合成しているので、
かえって混乱した。)

 今日の文学的な表現で「死地」といえば、なにか厭な状況ですよね。
できれば陥りたくはない場所だ。
 ところが、「孫子」のいう「死地」は、指揮官にとっての理想の成就なのです。

 そこでは、部下の兵卒は、逃げようと思っても逃げられる場所がどこにも
なくて、とにかく、目の前の敵部隊と死闘をくりひろげ、「自分が敵に
殺されるか、敵を殺して生き残るか」という二者択一だけを、迫られるのです。

 こちらがそのようなコンディションになりさえすれば、敵部隊の農奴兵の
士気は簡単に崩壊してくれたわけです。

 そのような好都合なシチュエーションを実現できるおあつらえむきな戦場を
いかにして選び、いかにして部下兵卒を騙してそこへ連れて行き、気付いた
ときにはもう逃げられないようにしてやるか、というのが、『孫子』
「九地篇」のキモであり、また『孫子』全篇を通じての背景の思想にもなっています。


 今日でも、シナの政治家の考えている民衆像は、古代と変わりがありません。
 「国のために」「上司のために」などというモチベーションがない連中
だと思っています。

 そこで、頭の中がまだ白紙である子供を対象としたファナティックな
愛国教育プログラムに、血道をあげることになりました。
 自国政府以外の誰かに向かっていつも民衆の怒りをかきたてさせておく
ことで、政府は革命から安全になり、しかも、有事の国内の団結をもとめ
やすいと考えているからです。

 彼らは、昭和前期から、排外教育を国家ぐるみで推進し続けています。
国民党が共産党に変わっても、基本路線は変わりません。
 子供のころに刷り込まれた反日精神が、成人してから抜けることはありません。
ヒトの脳は「一回性」の記憶装置だからです。

 またシナ政府は、大衆がナショナリズムをかきたてられる事件を工作し、
その報道で大衆が燃え上がったら、その火にまた政府がガソリンを注ぐような
工作を、平気でやります。
 それに、自分では軍隊に入るような気がサラサラない、無責任な学生が
簡単にひっかかってくれるからです。

 有事になれば、かれらは「督戦隊」を組織し、徴兵からなる部隊の後方に
ズラリと重機関銃を並べて、後退しようとしたり前進をためらう者を、
うしろから射ちます。現代戦で「死地」を創り出す方法を、ソ連共産党
から学んだのです。

 シナでは、集団を「死戦」させる方法を掴んだ者は、集団の支配者になれます。
 そのマニュアルが、春秋時代から存在した。シナのすべての野心家は、それを
ずっと愛読してきました。

 皆さんは、ガチ・ファイトで玄人から評価を得ているシナ人の格闘家を、
誰かご存知ですか?
 サイテーな卑怯者たちをたくさんまとめて煽って騙して動員して「死闘」
させる「集団の力」のおそろしさを痛感している彼らは、そんな個人格闘
の分野で「勇気」やスキルを発揮しても、出世につながらず、くたびれ儲けだ、
と見切っているのです。

 シナ人の五輪メダリストたちは、個人の充足のために自発的にスポーツを
やっているのでしょうか?
 彼らももしかすると、組織の圧力で「死戦」させられているだけの存在
なのかも知れません。

(以下、次号に続きます)

(08/02/29)

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【08/04/05】9)勇気と度胸/為永春水/勇気は景気次第(前編):兵頭二十八先生
【08/03/30】8)スコット南極探検隊の「暴虎馮河」に類する匹夫の勇(後編):兵頭二十八先生
【08/03/13】8)スコット南極探検隊の「暴虎馮河」に類する匹夫の勇(前編):兵頭二十八先生
【08/02/29】7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(後編):兵頭二十八先生
【08/02/08】7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(前編):兵頭二十八先生
【08/01/25】6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(後編):兵頭二十八先生
【08/01/12】6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(前編):兵頭二十八先生
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【07/08/01】1)勇気と文明と社会(前編):兵頭二十八先生