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社長のための人材錬金術
ダメな奴でも「たたいて」使え!
後藤芳徳/フォレスト出版
ダメな奴でも「たたいて」使え!

(出版後記)『このタイトルじゃ社員に渡せないよ』と経営者からタイトル変更依頼が殺到している本です。「同じ内容で経営者向けではなく社員向けの本を書いてくれないの?」とすでに30人以上の経営者から言われております。 僕も社員に手をあげたことは無いのですが、どうもタイトルから僕は粗暴な印象を持たれているようです。でも読んだ人はわかって下さる。まぁ 読んで中身を理解してくれるまでは「叩く」が、そのまま暴力に思われるんでしょうね。それだけのインパクトなので出版社さんの作戦は成功したんでしょうね。トホホ・・・本当は優しいのに。

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チャンスと出逢うための
人脈大改造
後藤芳徳/現代書林
人脈大改造

(出版後記)この本を出してみて改めてわかったのは「すごい人と知り合おうとするより自分自身が凄い人になろうとしないと何も意味が無い」ということです。有名人と顔見知りであった場合にすぐに人脈だと言い張る人が多いけど、そんなの人脈でも何でもありません。最近こんな例を見ました。ある人間が事件に巻き込まれました。その人間の取り巻き立った著名人は数多くいました。携帯電話には直伝が山ほど入っています。でもトラブルに巻き込まれた瞬間に誰も電話を取りません。そんなのがいったい人脈といえるでしょうか。著名人同士は知り合いなことが多いです。でもトラブルひとつで「正体見たり!」という感じです。友達がトラブルに巻き込まれたら一刻も早く助けにはせ参じますよね。それができない人間を人脈って言っている人は浅ましい。トラブルひとつで電話を取らない人間を、それまで人脈だと思い込んでいたのも哀れです。有名人と直接電話ができるのが、そんなに凄いことですか?夜中にお腹が痛いと電話をした時にすぐに電話を取ってくれて駆けつけてくれる人間の方をよっぽど僕は人脈と呼んでます。

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8)スコット南極探検隊の「暴虎馮河」に類する匹夫の勇(後編):兵頭二十八先生

 もともとの計画では、最終アタックも4人のはずでした。それで、ソ
リの入り組み品や補給品は、すべて4人単位を前提として、入念に計
画・準備されていたものなのです。

 そもそもソリには、4人が5週間半食えるだけの食糧が積まれていま
した。それが5人に増えたことで、量は、4週間分となったわけです。

 また、気温がマイナス25℃以下では、小さいバーナーでペミカンやお
茶を加熱するのに、1人分あたり30分かかりました。5人で行くことに
よって、輪番の食事係の睡眠の時間は30分減らされ、また、昼間の行進
行程も、30分ずつ、短くなったわけです。

 1480キロを2ヶ月半かけてやってきたとき、極点にはノルウェー国旗
が立っていました。
 がっかりして帰路についてまもなく、エヴァンスの手指の凍傷は拡大
し、ひどい状態になりました。ついで、鼻も凍傷にやられ、気力もなく
なってきました。

 もしスコット隊長が、人間馬エヴァンズに、その体重にふさわしい食
糧を割り当てていたなら、エヴァンズの凍傷の拡大は防げた可能性があ
ります。
 ところがスコットは、最も馬力を出して橇を引いているエヴァンズに
も、他の隊員と同じ量の食糧しか割り当てなかったのです。それではエ
ヴァンズは体温維持ができず、飢餓状態にも陥ったでしょう。それが
2ヶ月半も続くと思ったら、誰でも気力は保てません。

 エヴァンズは、1月31日には、指の爪のほとんどが剥がれ落ち、非常
な疼痛で眠れぬようになりました。2月5日には指がつぶれた状態にな
りました。もちろん治療などできない以上、痛みは増すばかりです。

 指がこの状態となっては、ぶあつい手袋の着脱も不可能に近い。とな
ると、1人で糞小便もできぬわけです。モタつけば股間が凍傷になって
しまうのですから。

 もし船まで生きて戻れたとしても、エヴァンズは指無し人間になって
しまうのです。体力だけが取り得であった無学の水兵エヴァンスは、ま
だ30歳代なのに、残りの一生、働ける場所を失ってしまうことが確定し
ました。他の隊員はインテリだから、不具になっても勤務先はあります。

 エヴァンズは文句を言いませんでしたが、心の中で希望をなくしたの
です。


 このような危機に見舞われているにもかかわらず、スコット隊は帰路
において地質調査のため貴重な丸1日半を無駄遣いし、最期まで14kg以
上の地質標本を捨てずにソリに載せてひきずっていたのです。
 この種の「無駄な余裕の自慢」癖も、イギリス海軍の将校のみに見ら
れる文化ではありますまいか。

 2月8日に、エヴァンズはソリを曳けぬ状態となり、ソリから離れて
歩きました。

 2月14日、エヴァンスの足にも凍傷の水ぶくれができていました。
 この時点での3度の食事は、ビスケット1枚とペミカンの薄いごった
煮だけです。それで毎日30kmも橇を曳いて歩き続ける自信が、皆さんに
はありますか?

 とうとうエヴァンズは精神錯乱を起こしたようです。将校たちの中で、
兵隊がたった一人。ここまで言いたい不平も言えなかったのが……。

 2月17日、他の4人は、エヴァンスに、あとから一人でついてこい、
と言ったようです。事実上、見捨てた。役に立たなくなった馬を遺棄
したのです。

 米陸軍のレンジャー教程では、もしチームに重傷者が出た場合は、相
棒がたった一人しかいないという場合でも、仲間(バディ)を担いで同
行するようにします。ぜったいに見捨てません。そのための猛訓練をし
ます。最後まで仲間から見捨てられないという確信があるから、その仲
間のために自分も死力を尽くそうという気になるのです。

 ですから、もし米陸軍特殊部隊の文化で極地探検を計画したとしたら、
「無駄な余裕の自慢」のひとカケラも入る余地のないアタック計画にし
たでしょう。

 北極点の一番乗りをしたのはアメリカ人のピアリーです。けれども、
おそらくアメリカ人たちは、北極とは違って、南極点に到達するという
冒険には、さいしょから本能的にしり込みをしたのではないかと、わた
しは想像します。

 というのは、戦前のアメリカ人は、「距離に対する懼(おそ)れ」を、
共有していました。大旅行に関しては、アメリカ人は、決して暴虎馮河
に類する匹夫の勇は発揮しません。
 だからこそ二度の世界大戦に見事に勝利できたし、あのアポロ計画
だってスムースに実現されているのです。

 余談ですが、暴虎馮河という熟語は『論語』に、匹夫の勇は『孟子』
にそれぞれ出てくる表現で、意味は同じです。

 孔子の弟子の子路という元気者が、「センセイ、もし一国の全軍を任
されて遠征戦争をするとしたなら、センセイはいったい誰を腹心に置き
たいですか?」と、暗に自分の名前を挙げてもらいたくて質問した。

 それに対して孔子は「猛獣と素手で格闘するとか、幅が何キロもある
黄河を泳いで渡るとか、ムチャなことをやって死んで悔いはないという
ような乱暴者(すなわちおまえのような者)とは、一緒に戦争計画にた
ずさわったりしないよ。国民を巻き込む大きな事業に臨んで懼れる者、
そして、最良のはかりごとをよく為し得る者とのみ、わたしは一緒に戦
争指導をするであろう」と答えたので、子路は「ギャフン」と凹まされ
ました。

 アメリカ大陸は、南極大陸よりも広かった。
 その奥地に進み入ろうとする開拓者たちは、行く先々で、あらゆる物
資が不足すること、医者に助けは求められないこと、馬車が壊れた場合
は自分で修理するしかないこと、などを了解していました。

 ですから馬車に積み込む荷物は厳選して、無駄な物はひとつも持ち込
みません。遠くに行く者ほど、荷物を軽くしなければならないというこ
と、および、遠くへ持っていく機械は、現地で修理ができるぐらい単純
なものでなければ無意味であることなどを、上級将校から二等兵まで、
いや銃後まで、常識としていたのが米国軍の文化だったのです。

 それが逆に、「完全な補給」「磐石の後方支援体制」を構築させた
原動力でした。
「なんとかなるだろう」とは甘く考えない。距離に伴う「懼れ」を知って
いたからこそ、かれらは兵站に完全を期そうとし、無理な計画を許さない。
 結果として、大戦争では常に補給が十分となり、それだけでも勝って
しまう。これは米国固有の「文化」です。

 1980年代の物質が豊かな時代においても、米陸軍の歩兵装備は、英陸
軍の歩兵装備よりも2〜3割、軽量でした。
 フォークランド紛争のとき、英陸軍兵士の悩みは、装備が重い割りに
低性能なことでした。たとえば、現地は湿地であることがわかっていな
がら、戦闘靴は普通の革靴だったので、歩兵がトレンチフット(塹壕足
症候群)になってしまいました。それでも「文句をいわず、超人的努力
でなんとかしろ」というのが英陸軍文化です。

 スコット隊が輪をかけて距離と気象に関して無謀であったのは、英国
海軍が帆船で全地球を探検した、数百年来の経験と伝統のせいでしょう。

 船には補給品はいつも十分に積み込めます。余計な品物も積み込んで
いい。寒暑や暴風は、ひたすら我慢していれば、いつかは抜けられます。

この考え方を、陸地に適用してしまったのでしょう。

 さてエヴァンスの次は、オーツスが足の凍傷で動けなくなりました。
 陸軍大尉オーツスは、自分が最終アタック隊に加えられたせいで
エヴァンズが死に、しかも燃料と食糧の全体的危機を招いているという
因果を自認し、人一倍、橇を引く力を出し、その結果、消耗して、体温
維持のためのエネルギーが欠けてしまったのでしょう。

 一歩も歩けなくなったオーツスは、3月17日の吹雪の朝、自分からテ
ントを這い出して、行方不明になりました。将校らしく自殺したのです。


 事前の予想では、夏は終日、マイナス35℃になることはないと考えら
れていましたが、この年の南極は、夏でもしばしばマイナス40℃まで下
がりました。
 夏にこんな極端な低温になりますと、雪面がぎざぎざに融けた状態で
固まるので、ソリが受ける抵抗が甚だしくなります。
 かくして、追い風でフラットなのに、1日に10kmしか進めなくなり、
3人は予定のデポまでたどりつけなくなり、燃料と食糧が尽きて、その
運命は、きわまりました。

 当時の西欧の冒険家たちは、もしも壮挙が計画のようにうまくいかず、
途中でのたれ死にするような羽目に陥ったら、さいごはモルヒネで自殺
すればよいと、気軽に考えていたようです。
 スコットは、30個のアヘン錠剤と1本のモルヒネを携行していたよう
です。また隊員の一人は、ピッケルで自殺する方法について論じていま
した。

 ビクトリア朝時代から第一次大戦の前にかけて、アヘンやコカインなど
の麻薬が家庭用の薬品として容認されていたらしいことは、コナン・
ドイル(1933没)の小説を読めば分かります。
 探検隊が正規の医師を1人同行すれば、モルヒネを安楽死のためにも
使えたのです。


 スコットの日記は、確かに最強の肉体を有していたはずの水兵エヴァ
ンズが最初に倒れたのは大誤算だったと繰り返しています。
 馬の見立てを間違った、というノリです。

(以下、次号に続きます)


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進捗は、このページ左上から登録できる無料メールマガジンでご報告していきます。

(08/03/30)

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これまでの記事一覧

【08/04/05】9)勇気と度胸/為永春水/勇気は景気次第(前編):兵頭二十八先生
【08/03/30】8)スコット南極探検隊の「暴虎馮河」に類する匹夫の勇(後編):兵頭二十八先生
【08/03/13】8)スコット南極探検隊の「暴虎馮河」に類する匹夫の勇(前編):兵頭二十八先生
【08/02/29】7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(後編):兵頭二十八先生
【08/02/08】7)孫子の裏事情/死地における農奴兵の勇気(前編):兵頭二十八先生
【08/01/25】6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(後編):兵頭二十八先生
【08/01/12】6)自由主義哲学者J・S・ミルの勇気/コンディションと勇気/凶器を持つ人への対処護身術(前編):兵頭二十八先生
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【07/09/03】2)勇気と宗教の関係(前編):兵頭二十八先生
【07/08/15】1)勇気と文明と社会(後編):兵頭二十八先生
【07/08/01】1)勇気と文明と社会(前編):兵頭二十八先生