元刑事・通訳捜査官:坂東忠信先生
宮城県出身。
高校卒業後、警視庁入庁。
(祖父も警視庁警察官、父も警察予備隊出身という、元警察官3代目)
警察学校卒業後、警視庁機動隊、千葉県成田空警隊出向を経て、主に中国人犯罪に関わる通訳捜査官を警視庁本部で務める。また新宿署、池袋署、その他繁華街警察署の刑事として、べ1400人以上の外国人被疑者取り調べに立ち会い、現場に随行。
警視総監賞2回、警察庁北京語検定上級を取得。
拳銃検定上級、逮捕術検定上級、剣道3段。
退職後は地方裁判所、地方検察庁などの司法通訳として活動中。
また、中国人犯罪の実体を描いた「通訳捜査官(出版社:経済界)」を執筆するなど、作家としても活動中。
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1)もしも貴方の大変お世話になり、頼みごとを断れない立場の方から、
『どうしてもウチの息子は気が弱い。これは今後の人生において大きな障害になる。
なんとか1年で、どんな障害にも負けずに人生を強く生き抜く人間にしてもらえない』
と依頼されたら、何をどのように指導しますか。お金や手法に制限はないものとします。
その際、指導上のコツなどございますでしょうか。
●「誇り」「使命感」「団結心」
刑事部屋の刑事さん達の事務机には、よく座右の銘がマットに挟まっていたり、
置物になっていたり、茶碗に書いてあったりするのですが、
山本五十六の「男の修行」や「忍耐」等の、我慢系の言葉や故事熟語が多いです。
誇りと使命感、団結心がどうして勇気を引き出すのか。
「誇り」とは、明らかにして恥じない、隠す必要のない心の拠り所。
これがないと勇気をふるう価値がありません。
「使命感」とは「命」の「使」い道を感じること。
つまり、生き甲斐を感じ、もしそこで終わっても死に甲斐を感じること。
死ぬかも知れないと思うときには、死んでもやる価値がないと勇気は起きません。
「団結心」は相互の揺るぎない信頼あってのもの。
これがあるから頼りになり、これがあるから自己犠牲も厭わない勇気が起きるのです。
卒配(「卒業配置」の略で、新米警察官を「卒配」と呼びます)の場合、
まだ実務経験も実績もないわけですから、自信だってありません。
警察学校で最低この3つをしっかりと確立させるのは、このためだと思います。
そして学校卒業後、卒配であっても腰に拳銃を着けて交番に立てば、
新人だからと市民に言い訳は通用しません。
3ヶ月もすればひとりで現場に行き、ケンカをしている2人の中に割って入ったり、
犯罪をやめさせる、逮捕する、なんて場合も多々あります。
それは、ベテランでも大変なことです。
兵士の場合、敵を殺すには1対1でもいいのですが、
敵兵1人を生け捕りにするには少なくとも3人が必要なのだそうです。
警察官は犯罪者に相対した場合、相手が凶悪犯であろうとも、
緊急の場合を除いては逮捕、つまり生け捕りが最優先です。
しかしひとりで現着(現場到着)一番乗りの場合、後続を待っているわけには行きません。
私が勤務していた池袋や新宿では、事件があるとたくさんの野次馬ややくざが集まってくるので、
もう後先考えず、やるしかないのです。
この、やるしかないと言う状況でやると決める時が、勇気の要る場面なのかも知れません。
信頼できる仲間がいるからこそ、やる価値があるからこそ、どんな場面にも飛び込んでいけるし、
やせ我慢も出来るのです。
私自身も、池袋駅前や歌舞伎町では、現場に先着後、1人で15人の乱闘の中に飛び込んでいったり、3人で30人以上の乱闘の中に飛び込んでいったりもしましたが、それも「仲間が後から必ず来てくれる」という信頼感と、やせ我慢があったからです。
このやせ我慢が過去のものとなったときに、「自信」が生まれ、「勇気」の土台となるような気がします。
この繰り返しで、警察官はそれぞれの分野に特化しながらベテランとなるわけですが、
これは警察官に限ったことではなくて、もっとごく普通に存在する生活の中にも言えることだと思います。
むしろ警察官が突発的に必要とされる勇気より、日常生活における勇気の方が、質の高いものなのかも知れません。
こうして冷静に分析すると、誇りと使命感をもって、かっこうよく生きると決意、実行することこそが、勇気なのかもしれません。
そしてその勇気を後押しするのが団結力や信頼です。
実力以上の力量を必要とする現場で勇気を振り絞り、
やせ我慢してもしのいだ結果、自信が生まれ、この自信が次回の勇気に活かされる、そんな気がします。
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2)上記のようにお考えになる理由として、気が弱かった子が気が強くなった事例や、
内向的だった子が積極的になったなどの指導経験やエピソードをお聞かせ下さい。
●限界を突破させる
私の機動隊時代の話を例にとると、実際私の分隊にはどうしても声の小さい、
元気のない新隊員が何人かいました。
特に私は当時組長(分隊の中で最年長の巡査)でもありましたので、
彼を一人前の機動隊員にするためにも、
非番(一昼夜勤務した次の日)は新隊員を引き連れて自主的に訓練をするのですが、
その時にはただ走らせる、声を出させるのではなくて、私も同じ条件で一緒に走りながら指導しました。
走るときには、機動隊の装備であるヘルメット、チョッキ、籠手、脛当て、垂れ(腰回りを守防具)など、
ヘルメット以外はいずれも分厚いアルミ板で構成されている各種装備を完全着装し、
さらに体が隠れるくらいのジュラルミンの大楯を持って走ります。
先輩の私も、実はかなり体力的に厳しいのですが、
新隊員も私もやせ我慢。新隊員の限界まで走るのです。
この限界を知らないと、後輩がその後輩を指導するときに、
限界を知らずにやりすぎたり、指導する自分が先に倒れたりします。
目安としては訓練の途中でなんとか倒れない程度で、訓練終了と同時に倒れこむ程度。
そうしてこそ、新隊員は「最後までやりぬいた」「倒れるまでやった」という両方の自信をつけると同時に、
自分の限界を知り、その限界のちょっと上に、次の目標設定が出来るのです。
そして、指導をしながら後輩と同じ訓練内容を共にこなすことで、団結心が生まれます。
機動隊の場合には主に体力勝負ですが、警察のどの分野でもやり方は同じです。
先輩が確実に手本を見せ、口だけの指導ではなく共に訓練して、やらせてみる。
限界を見極め、それを突破するヒントを与え、突破する手本を先輩が見せる。
後輩はちょっと無理をして実行する。これの繰り返しなのです。
先輩や上司が、その新人が一人で出来そうなら一人で、力不足なら先輩が同行しますので、気の弱い新人も、
少しずつ無理をしながら、力をつけていきます。
能力が伸びる、広がる時って言うのは、ストレッチと同じで、多少の痛みがあるものだと思います。
後輩が耐えられる痛みの程を見極められる先輩の指導が大切だと思います。
このやせ我慢やちょっとの無理が過去のものとなったときに、
「自信」が生まれ、「勇気」の土台となるような気がします。
このやり方で、ひょろひょろの新隊員も1年後にはきちんと後輩を育てられる機動隊員になりました。
●一番のポイント:やせ我慢でも実行させる指導、または環境
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(編集後記)遂に警視庁勤務の経験のある方からお話を聞かせて頂くことができましたが、案の定、普通では聞けないような中身になりました。メール取材でこれですので、直接お会いできたらさらに色々な裏話?もお聞きすることができたかもしれません。(宮本)
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●新刊が上梓されました!
(07/11/08)
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